賃貸管理の体験談

「運転手は現場に応じて優先順位を決める。
その過程でマニュアルの一部を省くこともある。 機械的な点検で減給されてはお客の安全を確保できない。
なぜ、現場を一番知る自社の社員の運転手の言い分を聞かないのか」と、運転手は首をかしげた。 だが、やがて彼は「ああ、これか」と思ったという。
会社が賃金の安い契約社員の運転手を増やし始めたからだ。 「経験」や「自分の判断」などを打ち出して会社に楯突くベテラン正社員を、マニュアルに従う働き手に切り替え、人件費を抑える。
その際の反発を抑えるために、「お客様の二‐ズ」を使って正社員運転手の発言力をあらかじめ封じたのだと。 社員の声が聞こえなくなった職場は、顧客の消費意欲も減退させていった。
知人が、スーパーの店頭で、ある商品を仕入れてほしいと頼んだら、「定番商品ではないので難しい」と断られた。 態度はきわめて丁寧なのだが、謝るばかりでらちがあかない。
知人は「愛想ばかりよくても、ほしいモノがないのでは意味がない」と怒って帰った。 知り合いのスーパーのパート社員にその話をすると、「その店員はパートでしょう」と笑った。
「お客様に接しているのはパート。 上に伝えたい情報はいろいろ入って来るが、パートだから、ものを言いにくい。
仕入れのことなども教育訓練がないから、わからないことも少なくない」と言う。 多くの売り場にはパートしかいない。

顧客の要求に即応するには、教育訓練による知識や決定権、発言権をパートにも与えることが必要なのだが、これを実施すれば、「ものを言う働き手」が生まれかねず、人件費の増加につながる恐れが出てくる。 となれば、「とにかく愛想よく」と締めつけることで客の苦情をかわすしかない。
下から上への「ボトムアップ経営」が命といわれた日本の職場で、会社と働き手を結ぶ糸が切れ、情報のパイプは詰まり始めていた。 経費削減のかげで、職場は荒れていった。
だが、その事実を思い切って指摘するような社員は評価されず、逆に成果主義でチェックされていく事態も出てきた。 風通しの悪い職場で、パワーハラスメントやいじめが増える。
工場の事故も、食品の偽装も、社内での問題提起がないまま、内部告発でいきなり外へ出る。 顧客が何かを要求しても、非正社員は「権限がない」と逃げ、正社員は成果主義に脅えて及び腰になる。
「顧客がほしいもの」「してほしいこと」への感度が鈍った現場で、顧客は「最近は社員の質が落ちた」とため息をつくしかない。 成功しすぎた人件費削減経営の下で、非正社員も正社員も労働条件の改善を訴える手立てを断たれ、働いても食べられないワーキングプアが生まれた。
そして○八年秋の金融危機とともに、企業は、住まいさえない派遣社員を吐き出す「ホームレス製造機」の様相を呈した。 それは、安全ネットの整備を置き去りにして進められてきた人件費削減経営のひとつの到達点だった。
二○○二年からの「戦後最長の景気回復」の時代は、働き手の側から見れば、賃下げにとどまらず、貧困、過労死、自殺、消費の低迷、さらには職場の言論封じ込めの時代であり、雇用の劣化が招いた不況の時代ではなかったか。 それは、多くの企業にとっても「まともな賃金を払える経営」へ脱皮する機会を失い、次にやってきたより深刻な不況をさらなる賃下げで迎え撃つしかない体質を、骨がらみに身につけてしまった時代だったのではないか。
「経済発展のためには仕方ない」。 私たちは労働条件が悪化するたびに、こう繰り返してきた。

だが、悪い連鎖を断ち切るには、まず働き手と職場、ひいては企業自体が、それによって受けた傷の深さを逃げずに検証することだ。 修復の道は、そこからしか始まらない。
二○○八年十二月。 クリスマスを控えて華やいでいるはずのロンドンは、寒風にすくんでいるように見えた。
米国の低所得者向け住宅融資「サブプライムローン」の破綻は、この年九月、米大手証券会社Rbの破綻を引き起こし、世界的な金融危機に発展した。 そんな中で、欧州の働き手はどうなっているのか。
それを知りたくて訪れたこの街では、毎日のように、どこかの企業での大量解雇と、何らかの経済指標の悪化が報じられていた。 大手通信会社BTが一万人削減を計画。
高級車メーカーのAM社が従業員の三分の一にあたる六百人を解雇。 そして、経済紙『FT』には、これまで金融危機の影響が少なかったサービス部門での失業が○九年から増加する見通し、などといった大見出しが躍る。
一九八○年代のS改革以降、英国は雇用の規制緩和と公務の民営化を進めてきた。 フルタイムの安定した雇用が減り、パートなどの短期で不安定な雇用が増えた。
「シティ」と呼ばれる金融界を中心に、金融を経済の牽引役に据え、製造業では、RやTy社などの多国籍企業を誘致して雇用をつくった。 こうして十年以上も好景気を続けてきたこの社会を、突然の不況が襲った。
金融不安で経済の柱ともいえる金融が大きく揺らぎ、世界不況で誘致した企業は本拠地へと撤退する。 失業率は五%台から八%台へ跳ね上がり、来年はもっと悪化するとの予測も出ていた。

B大学でビジネススクール学長を務めるDb教授は「この秋で英国の論調はがらりと変わった」と言った。 「雇用を柔軟化し多国籍企業を誘致すれば、確かに、仕事は早く簡単につくれる。
だが、いったん不況になると、解雇も簡単だし企業の撤退も早いため、失業は津波のようにやってくる。 これまでの好景気で、短期的に見て経済は成功と自負してきた英国社会が、いまや日本や独仏型の安定雇用のよさに急速に目を向け始めていだが、ホテルに戻ってパソコンを開くと、日本からのメールや日本のサイトには、派遣社員をはじめとする非正社員の大量の契約打ち切りの情報があふれていた。
英国に来てわずか一週間の間に、「安定雇用」をうらやまれる日本で、まさに津波のような「派遣切り」が、相次いで表面化し始めていた。 二○○八年十一月中旬、大手自動車メーカー「Mbhトラック・バス」(以下、Mbh)の神奈川県内の工場で派遣社員として働いていたSkさん(仮名=三十五。
年齢は取材当時、以下同)は、昼休み中に電話で呼び出された。 所属していた派遣会社の担当者が、工場内の一室に来るようにと言う。
部屋に入ると、担当者は、「十二月二十五日で仕事はおしまいになるから」と言った。 契約期間は○九年三月末まであったはずだ。
なぜ急に?年末にいきなり仕事を打ち切られて生活はどうなる?さまざまな思いが頭をよぎったが、衝撃で言葉にならない。 昼休みは、もう終わりかけていた。

詳しいことを聞く時間もないまま、Skさんは通告を聞きおいた形で、とりあえず仕事に戻った。 だがその後、派遣会社側は、次々と一方的に要求を持ち込んできた。
仕事が打ち切られたら、四日後の十二月二十九日までに、住み込んでいる寮を出て行ってほしいと言う。 Skさんの時給は千三百円だ。
月に二十日働いたとしても二十万円をやっと超える程度の賃金しか入らない。 ここから税や社会保険料、寮費の二万円を引くと、手元に残るのは十二万〜十三万円程度。
預金ができるような賃金ではない。 いきなり寮を出ろと言われても、新しい住まいに転居するために必要な資金がなかった。
製造業派遣の場合、派遣社員は工場の近くの寮などに寝泊りして働くことが多い。

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